イズルハ家の教育系体験記

 イチコ(中2)ニコ(小4)カコ(主婦)オト(大黒柱)のイズルハ家。教育系を中心に日々体験した様々なことを記録していきます。気軽に読んでいってください♪

思い切り失敗してこ〜い!と言えるような心の広さを持つ親になりたい〜塾の保護者会を受けて〜

先日、長女イチコ(中2)がお世話になっている塾の保護者会がありました。

その塾の先生、保護者会中「思春期の子どもの育て方」について

予定時間全部 費やしてしゃべっていた。

普通の塾の保護者会だったら、夏に向けての勉強の仕方だとか、

家庭学習の仕方だとか、高校受験の話だとか…色々する所でしょうが。

 

それを「思春期の子どもの育て方」を親に切々と説く先生。

実は、今回が初めてではなく、中1の保護者会に続き…です。

その分、本当に本当に重要なんだろうな、と感じましたし、

それができていない親がたくさんいるからなんだろうな、とも思いました。

 

先生の説明を、ここで書いていくと著作権侵害とはいかないまでも

営業妨害(!?)持論の横取り(!?)となるのは避けたいですので、

一晩寝て頭を整理し、私の中に残った私なりの解釈をまとめることにしました。

後々、私の記憶が薄れかけて、子育ての路頭に迷いかけた時に

また思い出して立ち戻れるように。

 

子どもには失敗させよう!

あくまで私の解釈です。

塾の先生は一言も言ってませんでしたが・・・

一晩寝て、私の頭に浮かんできた言葉は

子どもに失敗の経験をさせてあげるということでは!?」でした。

これが、思春期の子を持つ親の役目だな、と。

 

子どもに失敗する経験をさせてあげられるのは親だけ。

学校の先生、塾の先生は、そもそも そんなことしないし、できない。

(クレーム来ますからね)

だから、親が責任を持って子どもに失敗の経験を積み重ねさせてあげなければ

将来、その乗り越え方が分からない子になってしまう。

 

一応、ちゃんと説明すると

「失敗の経験を親がお膳立てしてさせましょう」と言ってるわけではないです。

私が言いたいのは

このままだと、子どもが失敗するだろうな…と分かる場面でも、

あえて余計な手出し・口出しをせずに見守ろう、ということです。

 

大人たちは、親も先生も、その子を大切に思うあまり、

どうしても成功体験を重ねさせてあげたくなる。

もちろん、成功体験は大切。

それによって「自分はできる!」という自己肯定感に繋がるから。

でも、大人(他人)が用意したレールの上での成功体験でいいのか?

子ども(本人)が試行錯誤して、失敗して、それでも食らいついて掴んだ

成功体験じゃなければ意味が無いのではないか?ということ。

 

小学生までは、大人が用意した成功体験でも良い気がするのですが

中学生以降は、自分で乗り越えて掴んだ成功体験が必要なのでは?

その切り替えが、親として分かっていない(私も分からなかった)

 

だから、失敗しそうになる前に、どうしても口出しして、

成功に導こうとしてしまう。

子どもが「うるさい!」と言っても

「これはあなたのためなの!」などと、もっともらしい理由を言って。

本当に本当のところは、本人のために全くなっていないのに。。

目の前の小さな成功を得させたいがために、

その先の大きな成功の土台を大人が崩してしまっているのね…

ということに、先生の話を聞いて気づきました。

 

我が家の場合にあてはめると…

漢検の受験日が近づいてるけど、勉強しなくていいの?と心配になり、

つい口出しをしてしまう…。(←黙っておけなかった〜!)

失敗(不合格)でも、なぜそうなったか?

どうすれば良かったのか?今後はどうすれば良いのか?などなど

子どもから大人に成長する今の時期だからこそ、

自分で考えて、自分の力で乗り越えられるよう、

親は温かく見守る必要があるのだと思いました。

 

やり方が分からない、乗り越え方が分からない、

主体的に動けない…という子どもにしないために、どうすればいいか?

私なりの解釈は以下の通りです。

(※あくまで塾の先生が言った言葉そのままではないです。)

 

思春期の子を持つ親の心構えとは?

心を鬼にして…と言う言葉がありますが、

思春期の子を持つ親は、本当にそれが必要。

一方、表の顔は仏でなければならない。

うるさい!あっち行ってて!と言われても、

仏のままで「はいはい♪」と適当にあしらう。

(ここで「親に何て口をきくの!」と正論で封じ込めてはいけない)

 

で、子どもが何かにチャレンジしている時は、心を鬼にして、

「失敗してこ〜い!」(←声には出さないよョ)と送り出し、

チャレンジから戻った時には、成功しようが失敗しようが、

がんばったねと、これまた仏の顔で受け止める。。

 

う〜ん、超難しい!!w

 

でも、この懐の深さが親には必要だ、

と先生は言いたかったのだと思うのです。

(私の解釈ですけど)

 

子どもが小さい時には、

「痛みを知るために転ぶことも必要だ」ということで

子どもがバランスを崩して転びそうになった時にも

転ばないように手を差し伸べるのではなく

転んで泣いてしまった時に「痛かったね〜」と

抱きしめる形で手を差し伸べることを心がけてきました。

それによって、自分の痛み、人の痛み、さらに転ばないための方法など

子ども自ら学び取ることができた。

 

今は、その痛みが体の痛みではなく、心の痛みになるのだろうけど、

親がやることは、結局、その時と同じなのだろうと思ったのです。

 

失敗する経験を積んだからこそ、失敗した時の痛みや他人への思いやり、

失敗をさける方法などを、自ら学び取れるのではないかと。

失敗するだろうと予測できることを、あえて止めないことは、

結構、つらいものですけどね〜。。

 

というわけで、私の出した結論

『大人である親も、人として成長しなければ!』

心の広い親になれるよう、今後も精進したいと思います。